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ふくとみの歴史

ふくとみストーリー

昭和22年(1947)福富建設は、戦後まもなく「後藤建築」として先代社長 後藤弘と父によって創業されました。大工の仕事に自信とプライドを持ち、「職人魂が着物を着た」ような弘は、仕事に厳しいことで有名でした。現役のころは言うに及ばず、晩年、第一線を退いた後も、弘が現場に立ち寄ると途端に大工たちの間に緊張が走り、はりつめた空気が漂ったといいます。しかしそのおかげで、ふくとみの大工の腕は折り紙つきで、どこに出しても恥ずかしくないという評価をほしいままにしました。大手ゼネコンの下請けとして公共工事や寺社、個人の邸宅など数多くの現場を担当、実績を積んでいきました。

ふくとみストーリー

昭和31年(1956)三代目社長、後藤正弘が誕生。作業場で大工さん相手にチャンバラごっこをせがむ、やんちゃな子供でした。それでもやはり、子供心に父親はこわい存在でした。

喫茶店マンゴー

弘には、ハイカラな面もあり、レンガ造りのしゃれた喫茶店を建て、妻・芳子が店主をつとめていました。自分が美味しいコーヒーを飲みたいというのが、喫茶店を始めた理由でした。福富建設リビングギャラリーは、「喫茶マンゴー」が前身。ギャラリー内のレンガや梁(はり)は当時のものがそのまま使われています。

喫茶店マンゴー

妻・芳子の話

夫は曲がったことの大嫌いな、そりゃあ厳しい人でした。でも、男の人ってそんなものじゃないですか。私も住み込みの大工たちの食事づくりから、子育て、喫茶店までやらなきゃならないから忙しかったですね。だけど、その合間を縫って、したいこともしていました。そんな時は夫は怒った顔をしませんでしたよ。ひょっとしたら我慢していたのかしら?この喫茶店は30年間コーヒーを淹れ続けた思い出深い場所。だから前の雰囲気はこわさないでねって息子に頼んだんです。いままた違う形でいろいろな方が集まってくださるようになって・・・私も海外旅行のお土産を飾ったり、イベントに参加したりして楽しませてもらっています。

妻・芳子の話

新生・福富建設

昭和54年(1979)、東京の大学を出た正弘は岡山に戻り、弘について家業を学び始めます。そして次第に、大手の下請けとしての立場で仕事をすることに疑問を抱くようになりました。
平成9年(1997)、先代社長である父が亡くなると、正弘は福富建設のこれからを真剣に模索。大手とのつながりを一度白紙に戻し、注文住宅専門の工務店として再出発することを決意します。
それは、ある県外の工務店の社長からの、『お前はお父さんが築き上げてきた大工という宝を放棄する気か!』との叱咤激励の言葉の後押しのおかげでした。

新生・福富建設1

平成13年(2001)、ある新築物件を契機に、「職人の手間ひまをかけた自然素材の家づくり」が本格的に始まりました。それまでは大工やその他職人たち専門業者が、施主様の顔も知らないという関係が当たり前でしたが、この新築工事ではできるだけ顔を合わせられるようにしました。施主様と顔を合わせることで、緊張感と責任感が増し、職人の想いも強くなっていきました。このお宅で初めて、完成見学会を開催。自然素材へのこだわりと職人の丁寧な技を求めている人がいるのだと、心から実感しました。

新生・福富建設2

平成17年(2005)、福富建設は福富建設リビングギャラリーをオープンさせました。ここは、誰もが気軽に訪れ、家づくりや暮らしについて考え、さまざまなイベントを通じて暮らしを豊かにする場所を目指しています。
福富建設の貴重な財産である「匠の技」、そして家づくりを通して育まれる人とのつながり。私たちはこれからも技と人を大切にしながら、地域を担う企業の一つとして、心豊かになれる住まいづくりを追い求めていきます。

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